今、再びの『大和』へ
今、再びの『大和』へ・・・
(JR東海のコマーシャルではありません m(_ _)m)
ブログを読んでくださっている皆様、いつもありがとうございます。ご無沙汰をしておりました。m(_ _)m 家族や近親者に体調不良が続いてバタバタとしておりましたら、あっという間に2週間も経ってしまいました。この間、励ましや気遣いのメールを下さったり、また、気にかけてくださっていた親愛なる皆様、ありがとうございました。やっと時間も取れて、復活しました~。(*^_^*)
・・・(と、ここまでは前書きで)、ブログの本題に入ります。バタバタと過ごしてはいたものの、この2週間 それなりに人に会ったり、電話やメールで友人達から素敵な情報を頂いておりました。その中で印象に残った話題のひとつが、『新しい経済』についてのお話。(明日、著書を頂くことになっていますのでまだ詳しくは理解していないのですが、聞いたお話では概略はこんな感じです。人づてに聞いたお話ですので、本を読んでポイントが違っていたら後日訂正しま~す。)
それは、今までの経済は競争論理の上に成り立っていたけれども、もうそれでは行き詰ってしまって、これからは『思いやりをベースにした経済』に変わっていく、というもの。例えば、同じ会社の中でも、仕事を手渡す相手のことを考えて、如何に受け取った相手がやり易いように、相手のことを思いやって仕事をするかに重点を置いている。すると、全体の効率がとっても上がるのだそうです。『相手への思いやり』というものを中心に据えて仕事をするという、新しいやり方のお話です。熱っぽく語る知人のその話を聞いているうちに、『共生』という言葉が浮かびました。『競争』とか『効率』が最初に来るのではなくて、『思いやり』First の考え方で経済が成り立つなんて、素敵だなぁ~と思いました。
仕事だけでなく 物(物質)でもそうですが、それを『ただの物』だと思えば、それは『物』でしかないけれど、そこに『思いやり』というエネルギーを込めてあげると、それはもう『ただの物』以上の物になる! 『思いやり』というのは『利他』または『愛』と言い換えてもいいのかもしれませんが、経済の世界でそれがまわっていくようになったら、優しい社会になりますねぇ~。(私は、それを理想論のように聞いていましたが、それが可能だという試算をされた学者さんが既にいらっしゃるのだそうです。)
そして、もうひとつ、友人から素敵な情報を頂きました。それは、『自然』をベースにした農法についてのお話。自然の法則というのを理解し、それを妨げるような作業は一切せずにお野菜を育てるというもの。農薬を使わないということは勿論ですが、ポイントは 「自然の法則を理解して、それを邪魔をするようなことは一切しない」ということ。作物とそれに必要な自然環境の『調和』がしっかりと取れていれば、それを妨げるような余計な作業をしない限り、そんなに手間をかけなくても美味しい作物が立派に育つ、というお話でした。家庭菜園をやっている友人たちから、「農薬を使わないとどうしても虫が・・・」という苦労話を聞いていたものですから、そして私の先入観もあって、「作物が環境と完璧に調和をしていると、『虫も付かない』」というお話にビックリしました。余計なことをしなくなった分だけ、時間も余るようになるそうで・・・、自然と調和した農法に戻すと、大変になるのではなく、とってもシンプルになる、ということでした。こちらのお話からは、人間が調和を崩すようなことをしなければ、自然はいつもすべて与えてくれている!ということと、『循環』を感じました。
そんな話が続いて、ふっと思ったのです。どちらも、もともとの日本にはあったものではないか、と。日本には、素晴らしい『調和』と『共生』に基づく精神が脈打っていて、それを祖父母の時代までは「当たり前」のこととして行っていたように思います。連綿と伝えられてきたものが、私たちのDNAの中でずっと息づいている。すっかり近代化して「知識」で頭でっかちになってしまった私たちにとって、そういう感性はちょっとさび付いてしまった感があるけれど、でも、それは眠ってしまっただけで消えてしまったわけではないのだろうな、って。
最近やっと、「日本」って素晴らしいなぁと再認識することが多くなりました。ここ10年ほど神社さんに伺ってはメッセージを頂いて来ましたが、その中で何度も何度も 事ある事に伝えられて来た事があります。(でも私はそれをそんなに重大なこととは認識していなかったのだけれど、ずっと心に引っ掛かっていたら、最近やっとその重要性に気がつき始めました。) それは、『大和』についてのお話。これからの世界に大和の存在が如何に大切かということ。(メッセージでは、日本とはおっしゃらずに、大和とおっしゃいます。--今の日本のあり方ではなく、もともと日本が持っていた精神や文化(価値観)のことを言っておられるのだと思います。) 大本教などでも、「日本は世界の雛型」と解かれていますが、日本人が元々持っている意識構造がこれからとても大切になる、と。
大和とは、『大きな和。大調和のこと』。対立を生むのではなく、自然も人間同士も『和すること(共生)』の大切さを伝えている文化です。それが、二千年以上も子々孫々 連綿と伝えられている。それはとっても古いものだけれど、それが今また とっても新しい! 最近、いろんな気づきを得て、やっと大和の文化を再認識しました。そして、ムーの流れを汲む大和(ヤムート)の本来の姿へ戻る、ということの意味も・・・。
時おり、メッセージを「大和言葉」で頂くことがありますが(そんなときは、学生時代 古典が大の苦手だった私は、頭がくちゃくちゃになってます)、言葉はみな「ひらがな」で戴きます。「うむ」という言葉ひとつをとっても、「生み・産み・海・膿み・倦み」と漢字を並べられながら、ひとつの言葉に同じ音霊を持つ複数の意味を込められます。このときは、生み=誕生、産み=生産する・海=母なる生命の源・・・、について話され、そのエネルギーが蓋をされて出口を失うと膿んでしまい、気分が倦む(倦怠の倦という字で 鬱鬱とした気分になるという意味。漢字は、人の体が貝のように丸まってギュッと縮こまっている状態を現している)・・・、という流れで,、それが今の人間の姿であり地球の姿であるというお話を伺いました。それを「うむ」という2文字に込めて一度に表現してしまう。
言葉ひとつ取っても、大和の言葉というのは多次元的な視野を持っていますね。それと、共生(ワンネス)の世界観も・・・。再認識しました。
(このブログを書いているとき、終始 JR東海のコマーシャルソングが頭の中を流れていました~♪)


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